ダンスミュージックの情報交換や交流の場にFacebookグループがありますが、ちょっと見ていたら気になる投稿がありました。以下引用です。
「ハウス」というクラブミュージックジャンル自体が下火になって早10年以上。
時期を問わず「ハウス」そのものがクラシカルになって来ている気はするけれど、良いものはいつまでも良いですよね。
ただ、「ハウス」を問わず音楽そのものの価値が相対的に低下してきているというか、インターネットの発達で音楽にお金を支払う事があまり無くなってしまっている今の時代。
(このミックスを聞くのにも一円もお金は支払っていないのは事実)となると、楽曲制作にコストを掛けても制作者は商売にならないどころか、制作費の回収すら出来ない訳で。
それではプロレベルの制作者は減る一方だし、若手も登場しにくいでしょう。アイドル文化のように「人」自体に付加価値を持たせ、コンサートに行ったりグッズ等を購入したりする仕組みがあれば対価が発生しやすいだろうけれど、クラブミュージックは割と楽曲そのもので勝負しているようなところがあるから厳しい。
クラブミュージックを場所として楽しめる「クラブ」は入場料や飲食費が回収できるものの、深夜帯を基本にしているが故に少子高齢化が進み先行きに希望を持ちにくいここ日本では徐々に廃れていったのは自明の理。
数年来のEDMの巨大フェスのような方式は入場料を集める事も一定の成果は挙げただろうけれど、でも既に完成している楽曲をCDJやPCで予め決めていた曲順通りに半自動再生させ、DJブース上で万歳三唱のようなパフォーマンスを繰り返すだけでは人々が飽きるのも目に見えていただろうし、なにより昔からの良質なダンスミュージックを愛している層からはそのような実の無いものは逆に敬遠されたのでは。
この先ダンスミュージック文化はどこへ向かうのか。
ただ一つ言える事。「ハウス」を含めダンスミュージック全般には先人が生み出してくれた星の数ほどの名曲があり、新譜がほぼ生まれなくなって久しくとも、過去の名曲を探し出したり、それらを絶妙に組み合わせて一連の音楽の流れを構成するDJミックスを楽しむという本来的な的な要素は派手さは無くとも色あせたりしない。
短絡的な商売には繋がりにくいかもしれないけれど、個人がそれを楽しみ続けるのは自由だし、その楽しさを気づく人や新たに知る人が少しでも増えたら嬉しいところ。
引用元:https://www.facebook.com/groups/312871015535549/permalink/1247559005400074/
この人に限らないのですが、既存価値に囚われた自分の理想と乖離しているシーンを悲観的に語る意見はよく出てきますね。
しかし、控えめに言って非常に的外れな分析ですし、ただの懐古趣味で未来の可能性や建設的な提案もない、言葉選ばずに言うなら老害的な意見です。
僕はこれを真に受けてほしくないので、これに対する僕の考えをしっかりと発信したいと思います。
「ハウス」というクラブミュージックジャンル自体は下火になったことはない
この人が何をもってハウスと言っているのかわかりませんが、広義の意味ではエレクトロ・ダンスミュージックの多くはハウスをルーツにしています。
EDMだって、プログレッシブ・ハウスやビッグルーム・ハウス、フューチャー・ハウスと、細分化されたジャンル名にあるようにハウスの一種です。
つまり、形を変えているだけでハウス自体は常にダンスミュージックシーンの中で生き続けているのですよ。
確かにPete HellerのBig LoveやDavid MoralesのNeedin’ Uみたいな王道ハウスをハウスと定義づけるなら、メインストリームから退いていた時期も少なからずあったのは間違いありません。
しかし、ダンスミュージックというのは常に変化をし、ルールに縛られないことが大きな魅力なはずです。
もし今のメインストリームが好みな感じでなくても、ダンスミュージックシーンとしては健全な姿ではないでしょうか。
また、この人はおそらく国内のイベントのラインナップを見て、「ハウス」というクラブミュージックジャンル自体が早10年以上下火という見解になったのでしょう。
シーンがどうこう言う場合は、本山であるヨーロッパを見ないといけません。
ここ10年で日本ではEDMのイベントが多かった感がありますが、海外を見るとSonar、Elrow、Glitterbox、The BPM Festival、HideoutなどEDMとは別軸で、しっかりとハウス(今はテックハウスが多め)は、多くのファンの心を摑んで離していません。
またJosh Butler、Hot Since 82、Eli&Fur、Lauren Laneなど、若くて実力のあるハウスDJも活躍していますよ。
下火になっているように見えるなら、これから巻き返しますよ
そして近年は、EDMが終息してハウスの勢いはメインストリームに戻ってきています。
日本も含めてアジアがこういった流れを組むのは、ヨーロッパのシーンから数年遅れになることが多いのです。
特にインバウンド需要が加速しているので、訪日欧米人に対してハウスは有益なコンテンツになる機会は多くなるでしょう。
つまり、むしろこれから日本でもハウスイベントが再び人気になる可能性は極めて高いんですよ。
実際、2018年にContact TokyoでLaurent Garnierのロングプレイした時に足を運びましたが、入場規制がかかり、かなりの数の欧米人が埋め尽くしていましたから。
「ハウスは世間ではオワコン化している」「少子高齢化が進み先行きに希望を持ちにくいここ日本では徐々に廃れていった」みたいなネガティブなことを、キャリアの長いハウスDJが実情もよく知らずに口にしてはいけませんよ。
楽曲もミックスもコンテンツは無料でOK
この人、「音楽そのものの価値が相対的に低下してきているというか、インターネットの発達で音楽にお金を支払う事があまり無くなってしまっている」と言っています。
別にそれで問題ないのではないでしょうか。
商売の本質は「先にGiveありき。価値を感じてもらってから後で報酬として受け取る」です。
音楽に限らないの話なのですが、多くの個人や企業がサイトやYouTubeで有益な情報を発信していますよね。それに価値を感じてもらったら、サービスや商品を購入してもらいやすくなります。
つまり、「楽曲制作にコストを掛けても制作者は商売にならないどころか、制作費の回収できない」のではなく、楽曲制作やミックスを先に無料で提供して、フェスやクラブイベントで回収するというスキームです。
今の時代コンテンツそのものには価値はありません。しかし、優れたコンテンツを発信し続けたDJやアーティストには価値が紐付きます。
僕にはとても合理的なやり方に見えますよ。
というか、EDMのDJとかEDMとともに有名になったビッグフェスって割とこのやり方で、別に今に始まった話ではないですね。
この先ダンスミュージック文化がどこへ向かうのかなんて、すでにはっきりしていますよ
僕は長年ダンスミュージックに触れてきたのと同時に、マーケティングやテクノロジーにも明るいのですが、その観点で以下の3つがキーとなると考えます。
- AI
- 情報発信できるプレイヤー
- 体験価値
真新しいものではなく、すでにその兆しは前々から見えていますが、さらに加速化していくことでしょう。
AI
これからは、ぶっちゃけ優れた楽曲なんて大半はAIコンポーズ、ちょっとしたニュアンスの違いを人的作業で行って終了です。
EDMのスターDJたちの実態はコンポーザーであったわけですが、ツアーとコンポーズの両立が彼らを肉体的にも精神的にも苦しめていました。
そんな経緯もあり、AIコンポーズを取り入れる流れは避けられないでしょうし、アーティストはむしろAIをうまく活用するスキルが求められるようになるでしょう。
情報発信できるプレイヤー
コンテンツやミックス技術が差別化ポイントになるなんてことはこれからはありません。
何をではなく、誰が重要なのです。
近年はルックスの良いDJがチヤホヤされることが多かったですが、当然の成り行きだったと思います。しかし、そんな子も増えてきたから、さらに差別化が必要だと思います。
重要になるのは、情報発信力。モデルケースはYouTuberやTikToker。
情報発信を多く行い、オーディエンスにとって身近な存在である関係を構築し、フェスやイベントに足を運ばせやすくするのです。
情報発信と言えば、すでにインターナショナルなDJは楽曲やミックス、フェスでのプレイ、ラジオショーを無料配信を行っていますが、これからはそれだけではなく、もっと人となりやキャラを知ってもらう必要があるでしょうね。
プレイヤー一人ひとりが、マーケティング力をますます求められるようになるでしょう。
体験価値
現在人気のある海外のフェスは音楽以外の体験価値をうまく生かしてオーディエンスを惹きつけています。Tomorrowlandなんてまさにこれです。
もっとローカルなところだったら、サイレント・ディスコとかダンス風呂屋なんかもそうです。
これにテクノロジーがうまくミックスされてくるでしょうね。
ARで花火などのダイナミックな演出をさらにドラマティックなものにしたり。AIで自分の好きなトラックと好きな展開しか流れないフロアがあったり。デジタルサイネージを応用したデザインのステージがあったり。
ライヴ配信はVRになるでしょう。
ワクワクするものがいっぱい出てきそうですよ。
レガシーなものやクラシックなものは新しいものとミックスして活きてくる
僕もダンスミュージックに触れて20年選手なので、昔のエネルギッシュだったシーンを求める気持ちは少しはわかります。
しかし、求めたところで(歴史は繰り返すと言えど)全く同じものが戻ってくることもないし、戻ってくるべきではありません。
何よりもダンスミュージック文化の真ん中にいるのは若者です。彼らに僕らの感性を押し付けるべきではありません。しかし、彼らは知らないが、楽しいと思えそうなことを提示することは大いに価値があると思います。
一例として、EDMのDJが得意としている”マッシュ・アップ”。
例えば、HardwellやOliver Heldensなど、Dave ArmstrongのMake Your MoveやEurythmicsのSweet Dreams (Are Made Of This)と言ったクラシックを、自分の曲に乗せて、若いEDMオーディエンスに伝えていたわけです。
これぞ本当の温故知新というやつでしょう。
過去の名曲をレガシーなミックスでやり続けることが絶対的では決してないし、ましてやシーンを前進させることではありません。
※だから僕はTrance DJが時々やるClassicオンリーセットや、アゲファーレがあんまり好きではなかったりしますw
大事なのは、「自由」であるということですよ
僕もかつてはレガシーな技術やサウンドを正当化していた時もありました。
しかし、今は全く違います。
グローバル・テクノロジーが世の中をどんどん変えているわけで、ダンスミュージックの世界でもパラダイムシフトが頻繁に起こっても何らおかしくないのです。
それに伝統芸能の世界や職人気質のような堅苦しさを前に出している文化は、控えめに言ってクソつまらないですし、人が寄り付かなくなってしまいます。
そんなことが少しでも多くの人に伝われば幸いです。
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